さくら畳の部屋に、朝のニュースにスズメの鳴き声、味噌汁を器に入れる音が響いていた。 ニュースの内容は日本が第四次成長期を迎えて二年目、 ようやく新しい人種として人工人間が認められた、とのこと。 今までアンドロイドとして差別されていた私達にも道徳と人権を、ということだ。 「良かったね、サクラ」 先日十二歳になったばかりの少女がテレビを見て声を掛けてきた。 「私は恵まれてるからあんまり関係ないけどね」 私は朝食の味噌汁を手渡しながら応える。 人工人間といっても見た目はほとんど変わらず、平均的な人間よりパワーが有り、 エネルギー摂取が充電、という違いがあるだけだ。 しかし、平均寿命が百歳を越えた日本では、私達のニ、三十年と言う寿命は余りに短い。 問題はバグが出たとき、充電器が故障したとき、バッテリーが交換時期になった時など、 古い型の人工人間に合ったそれらの付属品の生産が止まる為だ。 私ももうすぐ二十年の節目を迎えようとしている。 「そろそろ点検の時期?」 テレビを見ながら、浅漬けとご飯を食べながら少女が聞いてきた。 「うん、メールが来てた。次の日曜日だって。…ってモモ、物食べながら話すなって 言ってるじゃない。もうすぐ中等部でしょ?直しなさいよ」 「中等部入ったらね。でもさ、サクラはその型の人人(じんにん)の中では 『お年寄り』なんだから。怒るばっかりじゃ体に良くないよー?」 モモは苦手な説教にまた今度、と先延ばして、少々の嫌味で反撃した。 「残念でした、私は超・健康体よ。あんた中等部まであと八日だけど直せるって言うのね?」 「大ー好きなサクラに言う事だもん、守るに決まってるでしょ?」 机を挟んで向かいに座っている私を猫撫で声・上目遣いで見やる。 「気持ち悪い」 「…私も」 十時を回って、モモと一緒にモモの両親と画像電話で連絡をとった。 モモの両親はどちらも六十歳を越えていて二人で家を持ち、別居生活を送っている。 一世代家庭の増えた昨今では平均的な生活だ。 昼を過ぎて、春休みのモモは近くのゲームセンターに出掛けた。 モモの話では、最近はレトロブームで、テトリスやUFOキャッチャー等が長蛇の列で、 早く行かないと夕方までに一回ずつ遊べるかどうか、という程の人気だという。 私も誘われたが人ごみは苦手だからと断った。 本当はあまりあの子にも人込みへは行って欲しくないのだけれど、 流石にそこまですると過保護すぎるか、と思って行かせた。 そろそろ私も子離れをしなくてはいけないだろう。 日も少し傾いた頃、テレビを見ながら晩の献立を考えていると、テレビ画面の上部に速報が入った。 流れる白い文字を目で追って、驚愕した。 『人工人間製造アポロン社・倒産。現存の人工人間は無償で引き取り、大手の者と交代』 その文が画面左に消えていった頃、同じ情報がアポロン社の人人である私の脳内コンピュータに メールが届いた。 折しも私の体内のバッテリー最終使用限度は、残り半月分も、残っていなかった。 その日の夜、モモの両親も集まって今後どうするか話し合った。 バッテリーは私と同じ型の人人の保護者達が速報を見て、数時間中に全国で品切れになってしまった。 検索をかけたところ、通常通りなら十日前後、常に眠った状態なら一カ月間程稼動できるらしく、 私は出来るなら十日間、精一杯活きたいと言った。 モモは下を向いて一言も喋らなかった。 夜が明けて、朝になった。 昨晩、モモの両親は家に帰って、モモはやっぱり一言も喋らないまま寝た。 起きてきたモモはさもいつも通りという風を装って、いつも通り顔を洗い、着替え、 自分の朝食の前に座ったが、目と鼻を真っ赤に腫らしていた。 食器の音と、ゆっくり咀嚼する音だけが静かな部屋に響く。 生まれた頃から、彼女の世話を見てきた。 小さい頃から何かとよく喋る子で、風邪をひいた時でさえ唸りながら、私としたことが、畜生、悔しい等と 五月蝿く悪態をつくような子だ。 モモとのこれ程静かな朝食は初めてで、そしてとても痛々しい。 何か話し掛けなければと思い、モモの好きなテレビの話を話そうとしたとき、 「サクラは、もうすぐ死ぬんだよね」 これも、今まで無かった様な静かで落ち着いた声で話し掛けられて、驚いた。 「…うん。死ぬね」 「そっか。…私も死ぬね、あと九十年くらいしたら」 「そうだね」 妙な会話で、お互い少し笑い合った。 それからは、お互い本当吹っ切れた様にいつも通りの生活だった。 モモは、いつでも良く喋ったし、私も家事をいつもの様にこなしたし。 お互いが無理をせずに、自然体だった。 もちろん中等部入学が近付いて、説明会に一緒に行ったり、新しい筆記用具や鞄を買ったりと 忙しい数日間ではあったけれど、とても充実していた。 今年の桜は早かった。 モモの入学式の日、先日満開だった桜は少しずつ散り始めていた。 「ネクタイってどう結ぶの!」 昨日寝付けなかった分起きるのが遅れたモモがやかましく駆け寄ってきて、私は大げさに溜め息をついた。 「昨日教えたばっかりじゃないの、ホント不器用なんだから」 五月蝿いなあと口を尖らすモモを無視して、時間も無いので教え直すのは諦めて、 言いながら結んでやった。 少し大きめの新しい制服が気恥ずかしいらしく、鏡の前でそわそわしている。 「似合う?いや、何か凄く似合ってるよね?」 「うん、凄く似合ってない。ビックリするほど似合ってないね」 冗談を言ってやると蹴りが飛んできた。 よけて、時間は?ときいてやると 「…行ってきます!」 と飛び出して行った。 ふと見ると、はらはらと、庭の桜も散り始めた。 少し力を抜くと、私はしゃがみこんでしまった。 バッテリーの限界が近付き、下半身から徐々に電力が回らなくなって来ているのだ。 足、腰、腕、手先と段々動かなくなっていって、最後には脳のコンピュータが停止する。 夕方には、歩き回れなくなるだろう。 明日には、立ち上がれなくなるかもしれない。 桜を見ながら、お互い淋しいねと柄にも無く話し掛けてしまった。 昼過ぎにモモは家に帰ってきた。 太い充電コードを腰に挿した私の姿を見て、少し泣いた。 こんなにまだ小さな子に、どんどん弱っていく所をさらすのは酷だ。 もっとゆっくりなら心に余裕も出来たかもしれないのに。 「友達出来たよ。五人も」 「凄いね、一日目にそれなら上出来だよ」 明るい話題を、私に抱き付きながら震えた声で話す。 必死だ。 肩がポツリと暖かくなって、すぐに冷たくなった。 私のような人人の為に、静かに静かに泣いていた。 不甲斐無い自分が憎たらしかった。 ずっと昔から、いつかは壊れて廃棄されるものだと思っていたが。 まだ、動けるのに。 まだ、この子の為に活きられる筈なのに。 この子を置いていかなくてはいけないのか。 活きたい、活きたい、活きたい、活きたい。 「明日は友達倍にしよう、ね」 「うん」 活きたい、活きたい、活きたい、 この子と生きたかった。 次の日私は前日のまま、コードを腰に挿したまま椅子に座った状態で見送った。 昨日のように見上げたが、花びらは落ちてこなかった。 晩に小雨が降ったせいで、桜は落とす花弁を無くしてしまった。 けれど後には目にも鮮やかな黄緑の新緑が残っている。 花は落ちてしまっても、桜の木は実に生き生きとしている。 今朝、モモは早くから起きて自分で朝食を作った。 いつもの私のように味噌汁を作ろうとしたが出汁がとれず断念、トーストになった。 お弁当にと、いびつな形のおにぎりをなんとか三つ作り上げた。 ネクタイも悪戦苦闘して自分で結び。 しっかりとした足取りで出掛けて行った。 桜よ。 私は君達植物のように、人間のように、永遠に繰り返す命は持ち合わせていないけれど。 落ちていく花弁が新緑に未来を託す様に。 私も安心して行けるのだよ。 まだまだあの子は不器用だけれども、きっと大丈夫だ。 人工物の私の目だが、今朝出て行ったときのあの子の凛々しい目は本物だということを見分ける自信は有る。 どうだ桜よ、羨ましいか。 しばらくすると、物凄く眠くなった。 人人は眠らないし、睡眠欲など無いのだが。 まぶたを持ち上げていられない。 きっとこれが良く耳にする『眠い』という感覚なのだろう。 駄目だ、駄目だ。 夕方までには起きないと、晩御飯の仕度がある。 でも、なんだか起きれそうに無い。 仕方ない、寝てしまおう。 きっと大丈夫だ。 あの子なら、きっと大丈夫。終