あの時、誓ったのだ。 もう二度とこの方に涙を流させるものかと。 なのに、ああ こんなにも静かに 涙を伝わせる事になるなんて。 『願う』 「お止め下さい、今はまだ安静に―…」 「私が行かずに誰が行くと言うのだ!」 あの人の、声がする。 俺も行かなくては… 「! 貴方まで… 貴方は動ける体ではありません、 無茶です」 どこから見ても人間に見えるロボットが、体を押さえつける。 その力に容赦はなく、わき腹の包帯の赤みは鮮やかになってしまった。 それでも押し返しベッドから足を下ろすと、足に激痛が走り、その場で崩れ落ちた。 「ぐ…!」 みっともなく片膝をつく。 「いけません、傷口が塞がってもいないのに、 今動かせば命に関わります。」 機械仕掛けの少女は、体を支えながら再三警告を繰り返す。 しかし、行きたい、 あの人のそばに居たいのだ。 「…放せ!」 すぐ近くで怒声を発したが、少女は身じろぎもしなかった。 「警告します、今動かせば命に関わります。」 「……責任は、俺自身が、とる…」 「…」 「やぁだ、あんまり大きな声出さないで貰える?」 ふと見ると、スレンダーな女が近付いてくる。 「無駄よクノン、この男はどうしたって彼女について行く気なんだから。 ベッドに縛り付けちゃったって引き摺ってでも行くんでしょうよ」 「しかし…」 「いーのよ、放っときなさい。」 「…了解しました」 渋々少女は手を放した。 走って追いかけるつもりだったのだが、片足は完全に折れている。 もう片足はどうにか動くが感覚がまるで無い。 片足を浮かせ、1本の足だけで壁づたいに進んで行こうとしたが、やはりまた崩れ落ちてしまった。 「ホラ、使いなさいな」 さっきの女が見かねて差し出した松葉杖を片方だけ使って、ようやく進む事が出来た。 しかし、激痛は変わる事は無かった。 1歩踏み出すごとに全身が切り刻まれている様だ。 わき腹の包帯は真っ赤になり、蓄えきれなくなった血を滴らせた。 思い通りにならない体を、こんなに悔しく思ったことは無かった。 息を切らせながら必死の思いで外に出ると、仲間の血肉の匂いがした。 仲間の数だけ弔いの火が焚かれ、 丘隆地帯には夕日と、風と、 隊長だけだった。 彼女は静かに涙を流していた。 うつむいてもいなかった。 いつもとは違い片腕を首から吊り下げた格好だったが、 仁王立ちでしっかり前を睨みつけて 静かに、涙を流していた。 それを見て、たった一度だけ彼女が泣いた日を思い出した。 軍の掃き溜め、それがこの部隊だった。 部隊が結成された当初、親の七光りの女隊長の下に配属された事が 兵士たちの何よりの不満だった。 彼女は丁寧に兵士たちに指導をしたが、所詮は女と見くびる者も少なくなかった。 協調性の無い者を集めた部隊になかなか協調性が生まれるはずもなく、 練習をサボる者も出ていた。 しかし彼女はそんな隊員を見捨てなかった。 サボった者は正座しての説教の後に若干多目の練習をさせられた。 遅刻の多い者はじかじかに布団を剥ぎ取られた。 食事の際肉ばかりだった者は器にサラダを山盛り乗せられた。 うざったいと口々に話す隊員たちは、誰もが笑顔だった。 愛された事など無い者ばかりだった。 親の顔も知らない者も多く居た。 そのうち、毎日の様に誰かが夜這いに行って、 朝練には左頬に大きな紅葉を作ってくるのが習慣になってしまった。 まるで小学生の集まりだった。 図体のデカイ無頼漢ばかりが集まって。 そして、最初の戦い。 彼女の指揮は完璧だった。 その上隊長でありながら前線で剣を振るい、 傷ついた兵士たちの回復を何より優先した。 見方が窮地に立たされれば、 不慣れながらも威力の高い無属性の召喚術で援護した。 それを見て、隊長に反発反発する者など居なかった。 腕力だけが取り得だった男達が、隊長の指示に従って防御に徹し、 敵を引き付け、確実に倒していった。 ついに敵部隊を壊滅させたが、油断して無茶をした二人の隊員が、重傷を負った。 掃き溜めの部隊に医務班など居る筈も無く、彼女は必死で応急処置を施したが。 彼らが再び目を覚ます事は無かった。 彼らの死を悟った瞬間、彼女は泣いた。 死んだ二人の兵を抱きしめて、彼女は泣いた。 その時自分は誓ったのだ、 もう二度とこの方に涙を流させるものかと。 ふざけ通しだった仲間たちも、同じ気持ちだった。 もう二度と、 この人に。 「…ギャレオか」 わき腹の血の臭いが届いてしまったらしい。 自分の涙には気付いていないのか、翳った笑顔で振り返った。 ああ、無理をしている。 それとも目の前の光景に感情が付いて行かないのか。 どちらにしろ、痛々しい。 「松葉杖は1本だと危ないぞ?」 「…はい…」 声が出ない。 どうして俺は、のうのうと生きているのか。 あれ程憎んだのに、どうして一太刀すらあの悪党に浴びせられなかったのか。 本当に死ぬ気で跳びかかっていたなら、傷の一つ位付けることが出来たのではないか? 後悔の念に苛まれて、何も言う事が出来なかった。 弔いの火は、一つ、また一つと増えていく。 「…手伝おうとしたのだが…この腕では駄目だと奴に言われたよ。…不甲斐無いな」 「そんな!自分はそうは思いません! 隊長は、やるべき事は全て行われました!」 しかし彼女は首を振り、頭をたれる。 「私を信頼してついて来てくれた仲間を、 こんな所で…故郷に帰してもやれず…!」 言葉と一緒に、涙が溢れた。 ようやく自分の涙に気付いたらしく、片手で目頭を抑えて隠す。 「…イスラを…」 微かに震える声で、顔を隠したまま話し始めた。 「イスラを、許してはいけないのだ、と言うのは分かっているのだが…」 「なぁギャレオ」 「…はい」 消え入ってしまいそうな彼女を抱きしめようとしたが、 立っているのがやっとの体ではかなわなかった。 「もし、どうしてもあの子を…殺さなくてはならなくなったら…」 「多分、私は足を引っ張ってしまうと思う。…最悪、あの子を庇って…邪魔をしてしまう」 「その時は、気にせず私を殺してくれ」 「隊長!!」 「…頼む…」 「…嫌です…絶対に、死なせたりしません… 貴方を殺すというなら、それを俺が邪魔するでしょう」 「…ギャレオ…」 予想していなかった返答に、戸惑っているようだった。 呆然と見返してくる。 「殺さなくても、良いはずです。 どうにか、イスラも、誰も、死なないように…考えましょう」 そんな可能性は、ほとんど無い。 もし無色を全滅させたとしても、イスラが抵抗するなら。 多分、殺さなくてはならない。 しかし、一縷の望みをかけて。 「…そうだな…」 静かに頷いて、微かに笑う。 「なんとか、しよう」 「はい…!」 風が吹いて、仲間たちの火が揺れた。 彼らに誓う、隊長を、死なせない。 そしてもう二度と、絶対に。 涙を流させない。 「…冷えてきた。戻ろう、その腹の手当てもしてもらわなくては。 今は気力で立っているんだろうが… 当分はベッドから降りるのを許可しないからな、命令だ」 「…はい…」 二人で、建物に戻る。 神など居るとは思ってないが。 神でもエルゴでも何でもいい。 もし居るなら、どうかこの人を幸せにしてください、 どうか。 そう、願う。終